横湯先生は大学時代の恩師で、ゼミの先生だった。
でも、私は今ではすっかり違う仕事をしているせいもあって、この本が出ていたことは最近知った。
タイトルを見て、もしや?と思ったが、私も経過を見ていたことのあるカウンセリングの記録をまとめた本だった。
カウンセリング途中で私も卒業してしまったので、今回この本を読んで、「篤」さんがあれから時を経て、今では就職して大分経つことを知ってうれしく思う。
自分の過去とリンクしているこの本を読むと、大学時代の風景が浮かんでくる。本の中にも雪の降り積もる北大構内の写真、特にカウンセリングルームがあった農学部の写真などが入っていて、当時のことを思いださせる。
当時の私は何かわからないけど、ある「生きにくさ」のようなものを抱えていて、その理由を心理学の中に探していたように思う。
それは、自分に関すると思われる本を多読していく「篤」さんにも似ている。
でもその後、10年の間、私も仕事をし、いろんな人と出会い、いろんなことにチャレンジして経験を積み、ちょっとずつ理解を深め、少しずつ、生きるのが楽に、楽しくなってきた(こう書くとあっさりしすぎてるけど・・・)。
確実に、以前よりポジティブになり、前向きに考えられるようになった。
でも、そう思えるようになってきたのも、自分が好きなこと、やりたいことにチャレンジしてきたから、どんな時も自分で道を決めてきたからだと思う。
それから、自分の経験にはすべて意味がある、必要な経験だった、と思えるようになってきたこと。
目標を持って、それに向かって計画的に物事を進められるようになってきたこと。
まあ、そういうのは結構ここ最近だったりするんだけれども。
それからもうひとつ。
前から横湯先生の本は、文学的だな、と思っていたけど、それは変わってなかった。
心理系の本を出す場合、多くはもっと分析的だと思うけど、横湯先生の本はその人柄、カウンセリング手法?を表して、叙情的な雰囲気をもっている。
そして、カウンセリングで必要なのは分析じゃなくて、先生が持っているような受容的な態度、受け入れるということなんだと改めて思った。